2011年8月19日金曜日

思いを込める

モノの価値というのは難しいものです。
そのモノを価格として表し提供する。
利益という名の企業の血液とも言うべきものを得るために、我々はそれ(モノ)を、必要とするお客様と企業に提供し、利益を預けていただく。

しかし、我想う。
利益を得るためだけに提供するモノではいけないと。
必要とし、使われるお客様と企業のためにモノを提供しなければならないと。
使われるお客様と企業に喜びを、価格以上の価値の提供を。

弊社・会長が開発されたG-TAPE、今や12カ国に代理店をやっていただき、それぞれの国で利用していただいている。
先日、弊社の次世代人財グループの会合の際、会長が開発時のエピソードを語られた。

創業前は紙器印刷会社でトムソン機のオペレーターをしていた会長。
当時、面切りテープはまだまだ浸透していなかった時代、面切りを定規とナイフでやっていた。
最初は注意深くやっていた作業も、3ヶ月もすれば手馴れてくる。
その時、ちょっとした油断で左手の人差し指を大きく切る怪我をしてしまった。
怪我が痛いのはもちろんだが、面板などを血で汚してしまい上司に怒られてしまった。
その時の古傷を見ながら『こういったことが無いようにしたいなぁとも思いながら開発していた』と語られた会長。

G-TAPEは箱の罫線折り曲げ精度を上げる、面切り作業で機械を停止する時間が短縮され生産性を上げることが出来、更に耐久性もある。
G-TAPEというモノは、この価値に会長の思いが入っている。

生産体制がしっかりできている昨今だが、やはり思いを込めてお客様に提供していきたい。
そのために、思いと魂を込めるモノ作りが出来る人財をしっかりと育てていかなければならない。

『雲竜のごとく 人財の大創』の経営理念を実現する。

2011年8月10日水曜日

経営理念を叶える

お盆を前に、ようやく自分的慌ただしかった日々が落ち着いた。
気づけばもう8月。
年々思うのだが、本当に月日が経つのは早く感じるものです。
それも、歳を重ねれば重ねるほど加速感は増すばかり。

二代目社長を引き継いで、早1ヶ月が経とうとしている。
先週末は決算報告会および経営計画発表会を開催した。

高鳴る鼓動を抑えつつ、作成した経営計画書の内容を細かく説明。
経営計画書に乗せた思いを、自分なりに伝えられたと感じる。
弊社は全てのスタッフを合わせると125名となった。
内、80%近くが40代以下の若いスタッフが活躍している。

若い人財がいることは素晴らしいこと。
だが、自分なりに気をつけなければならないことがある。
それは、『大創で仕事をする喜び』があるかどうかだ。

今の世の中、仕事をすることが喜びになることは中々難しいのではないかと思っている。
なぜか?
夢がないからだ。
いつからか、『仕事=お金をもらうこと』という定義になったように思う。

『仕事=夢』にならなくなったのは、お金があれば幸せになれるという幻想と、チャレンジ精神の欠如が原因ではないだろうか?

夢を叶えようと思うと、自身に課すものは自然と大きくなる。
それに向かって、失敗を恐れずに進むチャレンジ精神が夢を叶える行動だと思う。

当社の若手には、夢を持って仕事に取り組んでもらわないと、当社の未来は決して明るくないだろう。
その夢を持ってもらうこと、そして夢を叶えるために大創で仕事をする。
大創の経営理念は『人間学の経営・夢企業の実現』だ。
それを全スタッフと体現したい。 

2011年7月23日土曜日

感性

先週の日曜日、初めて家族で映画館に行った。
『コクリコ坂から』を鑑賞。
昭和生まれの私、昭和初期の時代風景をベースにした、すこし切ないストーリー。
すみません、書きだすとついつい詳しくなってしまうのでこのへんで・・・。

小学校2年生の娘、映画鑑賞は初めてのこと。
果たしてこの映画をどのように感じたのだろうか。
おとなしく観てられるのか心配だったが、一度トイレに立っただけでおとなしく鑑賞。

映画鑑賞中に、ヒソヒソ声で娘がわが奥さんにこう言いました。
「お母さん、この映画録ってる?(録画してるの意)」
突拍子も無い質問に笑いをこらえる我が奥さん。
我が家はHDD内蔵の録画機があるので、TVを録画する感覚でこういった発言になったのだろう。

アハハと笑えばそれまでだが、少し気になるところも。
娘の感性では、画面に映っているものは簡単に録画でき、後で見直すことが出来る。
そう、当たり前は人それぞれに違うことに気がついた。

つながりはないかも知れないけれど、もしかしたら、AppleTVなどはこういった観点からアプローチしてはいないだろうか。

年代観の違いは、古今東西、和洋を問わずいつの時代も論じられている。
古い人間、新しい人間での観点ではなく、その瞬間をどの年代で、目の前の事象を脳で受け思考したかで、それぞれの年代の表現が違うのではないだろうか?

先日、生まれて40回目の誕生日を迎えましたが、自分の感性を鈍らせずにいたいと感じた出来事だった。